5年前、私の相馬眼の理論はゴミカスもいいところでした
5年前。
そのころは、「相馬眼コム」というサイトに相馬眼の理論をまとめていました。
(今は非公開になっていて、バージョンアップ版のこのサイトにバトンタッチしています。)
「相馬眼コム」は競馬界を変えるサイトだと思い、おおげさではなく魂をかけて作りました。

5年前の理論はゴミカス
ただ今振り返ると、そのときにわかっていた相馬眼のことは今の1/5もなかったと思います。
間違っていることもたくさんたくさん言っていました。ゴミカスでした。
ゴミ+カスです。
ゴミカスなんですが、当時私は己の理論を「完璧で究極な理論」だと思っていました。

半年前の理論もゴミカス?
で、今ですね、新しく「特殊な平均の力モデル」と「偽速度モデル」を構築したわけです。
(→走っているときのスタンス期の割合や、地面から加わる力が解析できるモデルの提案。ドーピング検知への応用も。)
そうなると、たった半年前の自分の理論でも間違いが多くあることがわかりまして、ちょっと恥ずかしくなってきています。ゴミカスとまでは言いませんが。
フォアグラ+トリュフ+ゴミ+カスみたいな感じです。イヤなフルコースですね。
ただ半年前の私は、己の理論をこれまた「完璧で究極な理論」だと思っていました。

今後の研究
そして、今度私は「応力と運動の効率の関係」を研究しようと思っています。
まだぼんやりとしてるんですが、かなり筋はよさそうです。これを突き詰めれば新しくて重大な発見ができると思っています。
将来的には、今のちょい煩雑な、効率の良い走りの理論が、1つのシンプルな計算式で表せるかもしれません。
(馬場適性とかコーナー適性とかかみ合いの理論とか、現象として複雑は複雑なんですけど、式にするとごくシンプルになるというイメージです。)
馬や人の走りに限らず、強いパンチを打つことや速い球を投げること、あらゆる運動の効率を説明できるんじゃないかと思っています。それくらい重要という認識です。
これが私の競馬研究のラスボスになる気がしています。
じっくり腰を据えて、自分の時間をつぎ込んで倒したいですね。この敵を倒せれば、もう人生どうなってもいいやと思ってるくらいです。
(じっくり腰を据えるというのは、サボりながらダラダラやるという意味ですよ。)
まあ倒しても倒しても真のラスボスが出てくるのが研究者人生というものですが。

5年後に今の理論を見てゴミカスだと思いたい
私の願いは、5年後に今の理論を見てゴミカスだと思えることです。ゴミカスだと思えるくらい、新しいことを発見して先に進みたいですね。
一応、相馬眼の”新”理論を名乗ってますから。
なるべく長く新理論でいられるように、ゆっくりとでも走り続けるのですよ。
まあ願いですよ、願い。実際どうなるかはわからないです。全く違うことをやりだすかもしないですし、ポールダンスとか。

他の人の理論は〇〇〇〇
長い文章をダラダラ書くのが嫌いなのでここで締めようかと思ったんですが、うーん、ちょっともの足りない感じがしますね。でもまあいいか。
一応言っておきますが、自らの理論をゴミカスだと言ってしまうような人間に、他の人の謎理論をどう思ってるかは聞かないでくださいね。とんでもない量の毒が飛び出すかもしれないので。
まあそういう人ってそういうことを自分なりに考えるのが趣味なんでしょ。ならそれでいいんじゃないんですか。
研究者ごっこは楽しいですからね。うん。
ただひとつだけ、思ったことを言っていいですか? これは毒じゃないです。薬です。
相馬眼を研究するんだったら、「答え」を見つけようとしなきゃダメだろ!
自分なりの理論をこねくり回してこねくり回して、こねくり回すことが目的になってちゃダメだろ!
昔の自分もそうだったけど、自分だけにしかわからない天から舞い降りてくるファンタスティックな解法があるとでも思ってんじゃねーのか? ねーよ。そんなもん。 実際なかったよ。
答えを見つけようとした先に、素人目には突拍子もなく、ファンタスティックに映る、けどごくごく当たり前の1+1=2みたいな解法があるんだよ! どの分野でもそうだわ。
答えを探せ。答えを。それが俺みたいなトップ研究者ごっこと有象無象の研究者ごっこの違いだわ!!