論文の査読通らなかったけど、やる気が出てきたなぁ~
今回は愚痴の書きなぐりです。

査読に通りませんでした
学会誌に投稿した論文は、走りからドーピングを検知する方法(特殊な平均の力モデルと擬速度モデル)に関する論文です。そして、査読に通りませんでした。
まずは得体の知れない人間の、得体の知れないエイリアンのような論文を査読の段階まで受け入れてくださったこと、感謝しています。また、査読者の方には貴重な時間を割いていただき、本当に本当に感謝しております。
通らなかった理由についても重々承知しており、今後論文という形で発表するのであれば、ご助言を参考に客観的データの収集やその他修正を行いたいと存じております。
上は本当の気持ちです。本当に本当に感謝しています。ただ、
査読に通らないのはわかる。とてもよくわかる。でも、もしこのモデル・アイデアに目を通した人が1ミリも何も思わないのなら、自分なりに検証しようという気すら起こらないのならそれは腹が立つ。許せない。全くの専門外とか忙しいなら仕方ないよ。でもそうじゃないならぶっ飛ばす。マジで。いや、マジではぶっ飛ばさないけど。
というわけで、そんな実際いるかどうかもわからない、1ミリも検証しようという気すら起こらない人への愚痴を垂れ流す! 真面目に。

アイデアは宝箱、とりあえず開けてみる
アイデアというのは宝箱である。検証して理解して開けてみなければ、中身の価値はわからない。一番いけないのは、開けてもみないことだ。開けてみてクズだった、何も入ってなかった。それはいい。俺は論文であろうが、noteであろうが、個人ブログであろうが、YouTubeであろうが、他の動画であろうが、おばあちゃんのメモであろうが、おじいちゃんのひとりごとであろうが、まずは開けてみるよ。俎上に乗せまくりますよ。だって答えにつながるかもしんないじゃん。
みんな好きでしょ、答え。好きじゃなきゃダメでしょ。まあなんのしがらみもない俺ごとき研究者ごっかーだからそうなのかもしれないけど。あとは出が、元々の研究の動機が研究のためじゃないって違いもあるかもしれない。「強い馬と弱い馬をこの目一つで見極める。そしてそれ一本で生きてやる。」元々そういう、ゆったりとした確実なデータの積み重ねよりもなるべく早くある程度の再現性を持って目を鍛えることをゴールにしていたから、科学的根拠の不確かなものでもまずは検証してみるクセがついたのだろう。というかなあ、科学的根拠の不確かなものを科学的根拠に基づいて否定することもなく、はなから除外するってそれ科学なん?
あと、自然科学がやりたいのは世界の記述でしょ。世界は今、誰のものでもなくそこにあるんだよ。もちろん人間のものでもない。だから誰がどうとかじゃないんだよ。
そしてな、俺個人の資金と能力で何ができる。何にもできないよ。アイデア出し係だよ。それしかできない。本当にあとはなんにもできない。必要なのは協調であり、協力だ。だから人としての評価はいらん。わかるか、「だから」の意味が。俺という個人の評価、人格の評価はどうでもいい。評価されない方がいい。下の立場から好き勝手好きなこと好きに言えるし。俺を抜きに、ただアイデアがそこにあると思ってほしい。俺のアイデアはフリーでいい。趣味でやってることだ。もっと大きなもののために、さっさと共有したいんだ。とっとと共有させてくれ。
このサイトの相馬眼コラムには、ウサインボルトが左右非対称で走る理由とか、筋肉増強剤を使用した人の筋肉の形の特徴とか、個人的には超面白いと思ってるアイデアがあるのよ。でも、これたぶんこのままだとどこにも受け付けてもらえない。実際に迷惑メールを送ったこともあるけど受け付けてもらえなかった。間違ってるかもしれないよ、でも何か答えに少しでも近づけるかもしれないじゃない。宝箱を開けてみてくれ。

本質は世界、文字じゃない
他人の評価に幸せの軸を置くのをやめたので、やめたというか割合を大分少なくしたので、落ち込むことはないです。はい。あるとしたらちょっとした怒り、子ども(アイデア)が死んだら悲しいな、みたいなものですかね。
まあとっととそういうくだらない感情から脱却して、とにかく研究をしていきたいと思います。勉強でもなく、読解でもなく、雑務でもなく、執筆でもなく、発表でもなく、研究をメインでね。いつ死ぬかもわからんのでね。趣味として。あとはそれがどう扱われるかは知らんよ。別に金になるようなアイデアでもないし。(そうとも言えないか。めっちゃ金が動く技術につながるかも。でもまあどうでもいい。)共有はしたいよできるだけ。伝わったらこの上なく嬉しいよ。でも共有されなかったとて、そこまで大きな心の変動はないようにしていきたい。
本質は世界だ。文字じゃない。
形にとらわれることなく、共有したいと思う。とにかく。だから、学会で発表をしたい! 次の目標はそれだ!
もしその機会が与えられたときも、なんでもかんでもいい子ちゃんになるつもりはない。答えを見誤るから。思考の深みに入り込めなくなるから。俺は俺を信じてるよ。常に疑ってきたからね。今も疑ってるから俺は俺を信じられる。
それと俺ももう30が見えている歳だ。今後の世代のことも考えてしまう。それも少し考慮しての愚痴だ。

ドロドロのスープをつくろう
論文も諦めたわけじゃない。5年くれ。5年真面目にやれば、ほとんど理論と計算で一つのある種のある程度の完成系に持ってってやる。そんなポンポンポンポン実験だけしてあーあー言ってるのに負けないようなものをな。
だいたいな、全体を見ずにどうするってんだよ。実験なんてのはな、ある程度あいまいなのが集まったら、あいまいな実験とあいまいなアイデアのドロドロのスープをつくるんだよ。そしてそこから直感で全体を見渡せる筋の通った理論を作るんだよ。それが一番知を働かせられるところで、一番カロリーを食うところで、一番楽しいところで、一番重要なところだよ。その後に厳密な実験をするんだよ。というか俺の要求を満たす厳密な実験なんて基本ないよ。だって今まで理論がなかったんだから。知らんけど。それが現実ですよ。あとなあ、おそらくだけどレース動画の観察を馬鹿にするやつが出てくるだろうがなあ、生データに一番近いのが動画だよ。あいまいな実験を金をかけず大量に行ってドロドロのスープをつくるのには、動画の観察が最強だよ。文字や数字じゃ書き表わせない情報が動画にはあんといんとうんとあるんだわ。いくら論文内で文字と数字で実験結果を説明されても、そぎ落とされる情報が多すぎて俺の要求を圧倒的に満たさないんだわ。まあそれは置いておいて、実験の結果、間違ってるなら間違ってるでいいんだよ。とにかく筋の通った理論を作れ。そこから始まることがある。
バイオメカニクスとか医療系とかな、実験はいいのに、考察がほんとーーにアホみたいなチンカスなのが多い。そしてそんな考察はそのまま垂れ流すくせに、俺のアイデアは受け入れられないってどーーいうことだよ。マジで考察グダグダな査読付き論文そこら辺に大量に転がってるからな。まあまあ、今回に関しては大分俺が悪い。査読が通らないのは当たり前。最終的にどんな形であれ共有できればいいんだよ。本当にそれ。その際、俺の人間性は無視してくれ。
未熟だよ。うんと未熟だよ。子どもだよ。全然子どもだよ。
でも、本当だよ。本当の心だよ。本当の心でしか、結局ダメなんだよ。